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今、ノスタルジックが新しい

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2015年09月08日


 

こんにちは、hiruminです。

このブログも色々な音楽をご紹介してきていますが前回はマヌーシュ・スイング・ジャズの「神様」「ジャンゴ・ラインハルト」をご紹介しましたね。

エゴ・ラッピンを始め、今や世界中で大リスペクトされているギタリストです。

1934年にマヌーシュ・スイング確立。1946年渡米。1953年・41歳で死去)

その時代のジャズって、レトロだけど新しい感覚でどんどん蘇っています。

 

で、今日は、そののネクストバージョンとも言えるかも知れませんが、【今、ノスタルジックが新しい】というテーマで、

アメリカやフランスからそんな戦前・戦後のレトロな時代の匂いを身にまとって現れた、魅力的なアーティストをご紹介したいと思います。

 

でも、その前に、日本のレトロな銀座を思い浮かべてみましょう。約80年前、昭和4年にヒットした曲で。

佐藤千夜子(さとうちやこ)の「東京行進曲」という歌があります。

 

この曲は、何と日本の映画主題歌の第1号でもあるんです。

モボ・モガが闊歩する昭和初期の開放手的な銀座の風俗が唄われていますね。

 

「小田急で逃げましょか」という歌詞で、当時小田急サイドから「うちはかけおちのためにあるんじゃない!」ってクレームが入ったらしいですね。

でも、後に、社名が正式に小田急電鉄に改称されると、「会社の宣伝になった」ということで、この作詞をした西條八十は小田急電鉄から「永久全線無料パス」を支給された。

ここで、1920年代ってどのような時代だったのかを少し御説明しましょう。

まず、アメリカ経済が空前の大繁栄をとげて、ありとあらゆる文化が花開きます。

各家庭にも自家用車、ラジオ、洗濯機、冷蔵庫などの家電商品が普及し、大量生産・大量消費の生活様式が定着します。

「黄金の20年代」とか「狂乱の20年代」などと呼ばれています。

日本も好景気にわき、百貨店が営業を始め、ラジオ放送や雑誌の創刊が行われました。

1923年に関東大震災、1925年に普通選挙法施行、1926年大正から昭和へ

でも、1929年の10月にニューヨークで株が大暴落し世界恐慌が起こって、世界情勢が一変してしまいます。

1930年代に入ると、大不況時代となるんですが、庶民の生活は着物から洋服が主流となり、アメリカ文化が入ってきます。

 

さあ、そんな時代背景の中、まずはアメリカはロサンゼルスからそんな戦前・戦後のレトロな時代の匂いを身にまとって現れた、とってもキュートなシンガーをご紹介しましょう。

その名も「ジャネット・クライン」ちゃんです。

 

彼女が取り上げる音楽は、戦前ジャズはもとより、ラグタイム、ハワイアン、ボードヴィル、ノヴェルティ・ソング、ブルースなど古き良き時代のアメリカ大衆音楽だ。彼女のアルバム・ジャケットをそのまま映し出したような、セピア色の世界。自らがサイレント映画からぬけ出してきたようなファッションに身を固め、キュートなスウィングを披露する。まさに魅惑の歌姫によるノスタルジックな桃源郷へトリップするかのようです。もしお時間があれば是非彼女の声で秋のひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。